契約違反ですが、旦那様?
二階堂は当時外資系のコンサルティング会社にいた。複数の担当企業をもち、帰国子女という立場もあって常に数字を求められてきた。そしてそれに応えてきた。社内で二階堂に憧れる女性は後を立たなかった。誰もが憧れる男を射止めたのは同じ会社の総務部の女性だった。
彼女は自分を一番に見てほしい人だった。二階堂はそれに気づきながらも仕事は仕事、恋人は恋人と分けた。あたりまえだが社会人としての責任がある。
だけどきっとそこが彼女と食い違った結果だろう。彼女は知らぬうちに社内で浮気をしていた。そして、二階堂は「寝取られた男」という不名誉な代名詞がつく。
自分が仕事に託けて彼女を放置したのは事実だ。結婚式の段取りも丸投げだったしマンションの内見も彼女ひとりで行かせた。契約時は二階堂が動いたけど、色んなことを彼女に任せたせいだと今ならわかってる。
ただ、まだ三十にもなっていない男が、プライドをズタズタにされ、それをただ黙って見ていることなどするはずがなかった。
「会社には報告したし、証拠を揃えて裁判も起こした。全て弁護士を立てたから俺はほとんど何もしてないけどな。『血も涙もない』って罵られたけど、それとやっていいことと悪いことは別だ」
どうして樹莉の周りにはこんな人しかいないのだろう。樹莉は久しぶりによく泣きついてきた友人を思い出した。ちなみに彼女は一回り以上年上の優しいおじさまに嫁いだ。安心できて浮気しなさそうだからという理由だ。それでいいのか、と思ったが結婚式では幸せそうに笑っていたので何もいうまい。
「マンションはどうしたの?」
「売り払ったさ。あんなもん持ってても仕方ないだろう?彼女は一円も出してないから、そこは買えとは言わなかったし、むしろ売ってくれと言われても全力で拒否したかもな」
そんなゴタゴタしている時に二階堂の状況を耳にした六菱で働いていた大学時代の友人が二階堂を引き抜いた。提示された年収も、仕事内容も非常に興味深かった。何より日本にほとんどいなくていいのは、当時の二階堂にとってとても魅力的だった。
「凄く我儘なのはわかってる。別居婚しろ、でも浮気はするなって。年に一度か二度しか会えないのに、それ許せないの?って言われる」
「いや、普通に無理だけど」
「数少ない理解者発見」
二階堂は目を丸めると嬉しそうに破顔した。