契約違反ですが、旦那様?
その日以降、樹莉と二階堂はよく食事をするようになった。たとえば【夜、鮨行かないか?】と仕事中にメッセージが入る。鮨が焼肉だったり天ぷらだったり色々だが樹莉は【無理】と返す日もあれば【いいよ】と返す日もあった。
「正直に言えば違いは分からない」
結婚や恋愛の話は初回だけだった。後はもう仕事の話ばかりだった。
今だってスペインバルのそれほど広くはないテーブルで発売されたばかりの雑誌の特集ページを見せている。どの化粧品会社もこぞって同じ色をアピールしているが、それは仕方がない。なんたって流行と季節の色だから。
「発色とか持ちとか」
「ベタベタしていない方が俺は好きだな」
その現物を樹莉は二階堂に見せた。「どっちがいいと思う?」と男性の意見を聞いてみた。二階堂は「んなもんわかるか!」と笑いながらビールを飲み、分からないなりに手の甲につけたりして色の違いを見ている。
「こっちの方が乾くのは早いかも。でもモチがいいのはこっち」
「色がつかない方がいいな。モチは何度か塗ればいいんじゃない?個人的に取れかけた色の方がいいけど。自然だし」
さりげなく二階堂の要望はメモしておく。結局男性は赤よりもナチュラルなピンクやオレンジ、ベージュの方が好きなのだ。ただし。
「まぁ、目は惹くよな。あと綺麗だなとも思う。人によってはキツそうにも見えるけど」
「そうなの。私は合わない」
樹莉は肩を落とす。ただでさえ顔の作りが派手なのだ。目もつり目だ。
「そう?つけてみれば?ただ美人度が上がるだけじゃない?」
「キツい顔に濃い色は」
「そう?男が寄ってこなくなるべ」
「女も寄ってこないわよ」
ワイン片手に睨み合う。しかし鼻頭に皺を寄せ、寄り目になる樹莉を見て、二階堂が吹き出した。
「はい笑ったー」
「ずるいだろ。今の顔」
「わたしの顔が何か?」
「キャラ違いすぎるわ」
樹莉はツンとお高くまとっているように見られるが、本当はお笑いが好きだし、可愛いものより綺麗なものより面白いものが好きだ。だから本当はこんなふうに人を笑かすのが好きだったりする。