契約違反ですが、旦那様?

 その日以降、樹莉と二階堂はよく食事をするようになった。たとえば【夜、鮨行かないか?】と仕事中にメッセージが入る。鮨が焼肉だったり天ぷらだったり色々だが樹莉は【無理】と返す日もあれば【いいよ】と返す日もあった。

 「正直に言えば違いは分からない」

 結婚や恋愛の話は初回だけだった。後はもう仕事の話ばかりだった。
 今だってスペインバルのそれほど広くはないテーブルで発売されたばかりの雑誌の特集ページを見せている。どの化粧品会社もこぞって同じ色をアピールしているが、それは仕方がない。なんたって流行と季節の色だから。

 「発色とか持ちとか」
 「ベタベタしていない方が俺は好きだな」

 その現物を樹莉は二階堂に見せた。「どっちがいいと思う?」と男性の意見を聞いてみた。二階堂は「んなもんわかるか!」と笑いながらビールを飲み、分からないなりに手の甲につけたりして色の違いを見ている。
 
 「こっちの方が乾くのは早いかも。でもモチがいいのはこっち」
 「色がつかない方がいいな。モチは何度か塗ればいいんじゃない?個人的に取れかけた色の方がいいけど。自然だし」

 さりげなく二階堂の要望はメモしておく。結局男性は赤よりもナチュラルなピンクやオレンジ、ベージュの方が好きなのだ。ただし。

 「まぁ、目は惹くよな。あと綺麗だなとも思う。人によってはキツそうにも見えるけど」
 「そうなの。私は合わない」

 樹莉は肩を落とす。ただでさえ顔の作りが派手なのだ。目もつり目だ。
 
 「そう?つけてみれば?ただ美人度が上がるだけじゃない?」
 「キツい顔に濃い色は」
 「そう?男が寄ってこなくなるべ」
 「女も寄ってこないわよ」
 
 ワイン片手に睨み合う。しかし鼻頭に皺を寄せ、寄り目になる樹莉を見て、二階堂が吹き出した。

 「はい笑ったー」
 「ずるいだろ。今の顔」
 「わたしの顔が何か?」
 「キャラ違いすぎるわ」

 樹莉はツンとお高くまとっているように見られるが、本当はお笑いが好きだし、可愛いものより綺麗なものより面白いものが好きだ。だから本当はこんなふうに人を笑かすのが好きだったりする。

 
< 25 / 69 >

この作品をシェア

pagetop