契約違反ですが、旦那様?
ふたりはなんだかんだ言いながら週に2回、多い日は3回顔を合わせた。顔を合わさなくとも、二階堂からメッセージがくる。しかもなぜか真夜中だ。そういう時は樹莉が朝起きて返信する。スタンプひとつだけ送る日もあればちゃんと言葉を返す日もあるが基本中身のないメッセージばかりだ。でも樹莉は律儀に返した。
大人になってどうでもいい話ができる友人は貴重だ。きっと二階堂もそういう気分なのだろう。彼は周囲が皆結婚して気軽に飲めなくなったことを嘆いていた。もちろん樹莉の周りもほとんど結婚している。彼女たちと会う機会も無くなった。連絡すれば会えるだろうが、わざわざ会おうとも思わない。
樹莉は生活のために仕事をして、自分のために時間を使う。そんな樹莉をきっと彼女たちは表面上では羨むだろう。「独身ってそういうところがいいよね」と。でもそれは内心見下しているだけだ。結婚してるだけで「わたしすごいの」という無言のマウントを取ってくる人も残念ながらいる。そのよく分からないマウントの取り合いに参加する時間がもったいない。なぜなら彼女たちは幸せそうではないし、ただ旦那の愚痴や子育てのストレスの捌け口を探しているだけだと知っているから。
樹莉はその捌け口にちょうどいいポジションである。大手化粧品メーカーの広報部に在籍し、企業ホームページにはデカデカと紹介記事が掲載されているキャリアウーマン。「30を過ぎた独身で、仕事人間で男もいない」そんな樹莉を可哀想だと見当違いなことを考える人もいる。余計なお世話だと文句を言いたくなるが本気で相手をするのも馬鹿馬鹿しい。
結婚に夢はない。付き合うことに対してもそれは同じだ。
結局他人だ。違う環境で育った違う人間。価値観が違うし思考も違う。
ただでさえ、男と女という全く別物の生き物だ。そんなふたりが本気で仲良しこよしできる時間など非常に限られている。
ただ正直に言えば「恋人」という表現は少し憧れるし、一度ぐらいは「主人がお世話になっています」と言ってみたい気もする。でも現実を見れば、誰かと住むのは無理だ。それに誰かと付き合っていくのは感情が乱されることばかり。樹莉にとって最も避けたいものだった。
ひとりなら自分の機嫌を自分で取ればいいだけで、ビジネスなら割り切って機嫌を伺うこともできる。でもプライベートでそんな肩が凝るようなことをして誰得だ、と言いたいぐらいには他人と住みたいなんて思わない。
ただし、今後一生一人というのは嫌だ。母に孫は見せてあげたい、とも思ったりする。つまり子どもはほしい、とは思うが、現実問題非常に難しい、というか9割ほど諦めているという方が正しかった。