契約違反ですが、旦那様?
この日もいつも通り二階堂と樹莉は食事をしていた。
いつもどちらかのリクエストで二階堂がピックアップする。そうして今夜は樹莉の希望で焼き鳥だった。ただし、赤提灯がぶら下がるような居酒屋ではない。
個室のある、高級焼き鳥店だ。一人単価1万ぐらいしそうな場所だった。
肩が凝る店は嫌だと初回に言ったはずなのに、と樹莉は口をへの字にしたい気分だった。もちろん実際にはしない。そして席につき、一通り乾杯して食事がテーブルに並んだときだ。
「あのさ」
二階堂が鶏肉の炭火焼をもしゃもしゃと食べていた。樹莉は筒の細いグラスで白ワインを飲みながら視線だけで返事を返す。
「結婚しないか」
「…………は?」
たっぷりと時間をおいて樹莉の喉から女性とは思えないほど鈍く低い音が出た。この意味のないたった一文字と声になるまでの空白に全力で“意味不明”という気持ちが込められている。
「冗談はやめて」
「こんな冗談、きみには言わない」
「だったら尚更タチが悪いわ」
樹莉は額に手をあてて二階堂を睨みつける。そんな樹莉の反応に二階堂は苦笑した。
「Win-Winの関係だと思わないか?」
二階堂は自分と樹莉を順に指差した。それを見て樹莉は訝しげに眉を寄せる。
「…どこが?」
「旦那はいらないけど子どもは欲しい松木さんと仕事に口出しせず貞操観念のあるパートナーが欲しい俺。松木さんの恋愛観から判断して多分俺の理想に合う女性だと思った。それに松木さんから見ても俺の条件は悪くないはずだ」
二階堂はやや自信ありげに言い放った。しかし、樹莉は反論する。
「そもそもわたしのメリットがないわ」
子どもはほしいけど旦那は要らない。確かに樹莉は二階堂にそう言ったし、そう思っている。だけど二階堂と結婚しても子どもを作るのは難しい。物理的な問題で。
「じゃあ、子どもができたら結婚する。で、どう?」
二階堂はあっさりと意見を変えた。樹莉は「で、どう?じゃないわよ」と頭を抱える。
「…どうしてそうなるのよ」
「逆にどうしてそうならない?」
ならないわよ、と呟く。その声は弱々しいものの「バカでしょ」と二階堂への呆れが盛大に含まれていた。
「俺の遺伝子じゃ不満?」
樹莉は「違う」と額に手を当てながら、もう片方の手のひらを昴の前に押し出す。誰もそんなことは言ってない。むしろそれで言うときっと二階堂以上のスペックはなかなかお目にかかれない。樹莉はこれまでの二階堂の話から彼の情報を頭の中で集約した。