契約違反ですが、旦那様?


 二階堂昴(にかいどうすばる)。三人兄弟の真ん中で次男。両親は健在。ふたりは横浜の持家で暮らしている。二階堂自身は自由(ワーカーホリック)を満喫中だが、兄と弟はすでに結婚している。子どももいるらしい。

 彼は小中高校とサッカー部に所属しインターハイにも出場した。J大のそれも最難関といわれる外国語学部に現役で入学。卒業後は大学の提携先であるアメリカの大学院で二年学び、在学中にMBAも取得していた。その後、ビジネスに明るい人なら誰もが知る外資系コンサルティング会社に入社。現在は六菱商社に勤め外国を飛び回っている。

 経歴は誰が見ても花丸だ。樹莉は仕事上、色んな人と会ったことがあるが、これほど凄い経歴をもつ人と出会ったことはない。天は二物を与えずというが、それこそ与えすぎだろう。なんたってスペックもスタイルも顔面もいいとかズルいとしか言いようがない。言うまでもなく、六菱の海外事業部なんて給料面での問題もないだろう。軽く1000万以上はあると想定される。(※樹莉の同僚談)

 育ちも多分問題ない。36年間立派なホワイトとは言えないだろうが、話を聞いている限りそれほど黒な匂いはしない。女性関係もどちらかと言えば地味なようだ。異性にだらしない人は多分お気に召さないのだろう。

 都合の良い部分で考えれば、彼は一年のほとんどを外国で暮らす。仮に結婚してもただの書類上の話で事実はシングルと変わりはないはずだ。帰国した時だけ少し気が張るかもしれない。でもそれも年に1・2回程度なら全く問題ではなかった。

 確かに二階堂の言う通り条件は悪くない。むしろ樹莉にとっていろんな意味で都合がよかった。それでもそれを鵜呑みにして素直に喜べるほど子どもじゃない。いったい何を考えているのか見えてこなかった。

「…二階堂さんの、それ以外のメリットは?本当にただパートナーが欲しいだけですか?パートナーなんてその都度現地で調達すればいいじゃないですか」

 結婚なんて面倒くさくないんですか?と樹莉はわざと鼻で笑う。

 「松木さんが思っているより“結婚している”という事実は社会的に信用されるんだ。中には結婚していないけどわざと左手の薬指に指輪をしている人もいる。特に外国では家族やパートナーを大事にするから色々と都合がいい。これだけで得られるものが全然違う」

 樹莉は「ふぅん」とワイングラスを持って軽く中身を揺らした。わざと結婚指輪を外す男がいるのは知っているがわざとつける男もいるのか、と今聞いた内容を反芻する。

 「あとはまあ、親の心配も少しは減るだろう。ふたりともいい年齢だ。いつ何があるかわからない。俺がずっとそれから逃げ回ってたし親も口出しできなかったんだろう。ただ、そろそろ向き合わないといけない頃合いかとも思ったわけだ。安心さえたいということもふまえて」

 二階堂が肩を竦める。ここは日本だし二階堂も日本人なのに妙に似合っているのは何故だろうか。樹莉はどうでもいいことを思いながら二階堂の言葉の続きを待った。

 「それに松木さんといる時間は楽しいし、話を聞いている限り恋愛にはあまり興味がないようだ。過去は知らないけど、価値観を聞いていれば多分不貞なことはしないというのはわかる。だからその辺の信頼感、だな」
 「勝手に信頼されても困りますけど」
 「うん。ただ、間違ってもコソコソと男と会ったり、ふたりの家に連れ込んだりするような人じゃない」
 
 二階堂はここにはいない誰かにぶつけるように吐き捨てる。

 
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