契約違反ですが、旦那様?
「なにがネックになってる?ひとつずつクリアにしていこう」
樹莉が黙り込んでいると二階堂が逃げ道を塞いだ。二階堂の中ではすでに決定事項で”一緒に頑張ろう”という態度を樹莉に隠さなかった。樹莉はそんな二階堂の態度にお腹の底から大きなため息を吐き出した。今日はただ普通に食事をしにきただけなのにどうしてこんなことになっているのか。誰か説明して欲しい。
「…まだ確定ではないけど、次の赴任地が決まった」
樹莉が躊躇っていると二階堂が続けた。樹莉は俯いていた顔を上げる。
「…どこ?」
「チリ。アルゼンチン同様、鉱山がたくさんあるんだ。南アメリカには」
今後、自動車業界はEV車の生産量が増えてくる。半導体やイオン電池などの必要な部品を作る資源が鉱山には沢山眠っていた。まだ眠っている鉱山から安定的な供給を作ることが二階堂の仕事である。そのプロジェクトに関わる人たちは複数の会社が複雑に絡みあっており、その指揮を取るのが六菱であり、二階堂たち、現地に赴く社員だった。
「いつ?」
「10月中旬から下旬。遅くても11月初旬。まだ詳細は決まってない。予定では2年〜3年。ただそれもまだ不確実だ」
今はまだ8月の下旬。二階堂が発つまでおよそ二ヶ月ほどある。ただ、次に会えるのはいつになるか分からない。樹莉は少し悩んである条件を出した。
「…きっちり期間を決めたいわ」
「というのは?」
「仮に治療するとしても、時間を無駄にしたくない。二階堂さんが帰ってこなくてもそれは続くってことでしょ?私が辛いわ」
「…そうだな。それは確かにそうだ」
二階堂が「そこまで気が回らなくてすまなかった」と軽く頭を下げた。
樹莉はその言葉を受け入れて話を続ける。
「だから期間を決めるの。2年、だとそのプロジェクトが終わるかどうか分からないのよね?」
「あぁ。今回のプロジェクトが終わって次の赴任地に向かうまでの期間はどうだろう?もちろん身体に負担にならない程度で治療に専念してくれればいい。もしそのことで仕事に支障をきたすなら生活費も出す」
「わかった。その期間中に子どもができれば結婚、できなければ破局、でいい?」
二階堂は少し悩んだものの「わかった」と頷いた。どうやらここが妥協点だろうと理解してくれたようだ。
「…あともうひとつ」
樹莉は躊躇いがちにもうひとつ条件を提示した。二階堂の肩に力が入るのがわかる。
「…治療は、しない。自然に妊娠するのを待つわ」
二階堂は樹莉の言葉の意味を正しく理解した。
「本当に?」という窺う視線と樹莉の真剣な視線がまっすぐにぶつかった。