契約違反ですが、旦那様?
ペットボトルの中身は2/3ほど残っていたはずなのに、二階堂の体の中にあっという間に吸い込まれてしまった。よほど喉が渇いていたのか、勢いよく流し込まれる水の行方を呆気に取られて見守る樹莉を二階堂が横目に見る。
「まだ飲みたかった?」
口の端から少しこぼれてしまった水を手の甲で雑に拭いながら樹莉に問うた。樹莉は「あ、ううん」と首を横に振って否定する。
「掃除機みたいに吸い込まれていったから」
「掃除機って」
二階堂は立ち上がると空になったペットボトルをゴミ箱に捨てた。「ことん」と音がしてペットボトルがゴミ箱に入っていく。
その様子を見届け、所在なさげにベッドの端に座り自分を見上げている樹莉に優しく微笑んだ。
「水分補給は大切だし」
「?」
樹莉はよくわからない、と首を傾げる。初めての樹莉には全然想像つかない。これから始めることがいかに体力が必要で水分を欲するか。熱くて飢えた獣のように何を欲してしまうかなんて考えもつかなかった。
「樹莉」
樹莉は二階堂に呼ばれて視線だけで返事をした。いつの間にか彼は樹莉の目の前にいて熱の孕んだ瞳を真っ直ぐに向けている。その瞳を真正面から受け止めて少し怯んだ。
二階堂の膝がベッドに乗り上げる。それと同時に身体が傾いた。気づいた時は見下ろされていて、右手に持っていたスマホが彼の手によって奪われてしまう。
「電源切ってもいい?」
「…うん」
特に誰かから連絡がくることはないけれど、と思いつつも樹莉は二階堂に奪われたスマホをじっと見つめた。彼は樹莉のスマホの電源を切るとベッドの宮棚に置く。
「…お手柔らかにお願いします」
「善処するよ」
「マグロにはならないように頑張るわ」
「ふっ。それは…頑張らないといけないな」
二階堂は顔を背けてクスクスと笑いながら「さて」と樹莉の耳の横に手をついた。ギシリとベッドが軋む。その音がリアルで生々しい。樹莉の手が落ち着かなくてソワソワした。迷子のようにシーツの上を滑る手を二階堂の手が捕まえる。キュッと掴まれて恋人たちが繋ぐように指が絡められた。