契約違反ですが、旦那様?

 
 それから二週間後、二階堂は一時帰国した。樹莉は少しそわそわしながら空港までに迎えに行く。樹莉を見つけた二階堂は元気そうな樹莉に安堵した様に微笑んだ。その足で疲れているだろうに、樹莉の故郷である新潟に向かった。

 樹莉の母、十和子(とわこ)は突然娘が帰ってきたことと、二階堂を連れて帰ってきたことに驚いたものの、孫ができることに大変喜んだ。

「よかったわ。この子、恋人がいる素ぶりもなかったから」

 二階堂が順番が逆になって申し訳ないと頭を下げた。世間一般的にはデキ婚のようなものだ。もちろん、ふたりはそれを前提で結婚するつもりだったので問題ない。ただ、十和子は周りから何か言われるかもしれないと樹莉は自分が考えなしだったことを少し後悔した。

「この年になれば順番なんて関係ないわよ。二階堂さんは誠実そうだし、樹莉が選んだ人なら私から言えることなんて何もないわ」

 母はあっけらかんと言って笑った。そんなことよりも樹莉が結婚し母になることが嬉しいようだった。樹莉は二階堂の仕事の話をして、出産や育児はしばらくの間実家で世話になりたいことを伝えた。母は大喜びで請け負ってくれた。今からベビーカーやらベビーベッドをどうしようか、とウキウキとし始める。樹莉と二階堂は二人顔を見合わせて呆れるように肩を竦めた。

 翌日は横浜にある二階堂の実家を訪れた。二階堂の両親も大喜びで樹莉は戸惑うぐらい喜ばれてしまった。夜には二階堂の兄弟夫婦も集まり、急遽パーティーだ。二階堂の兄と弟、そして彼らのパートナーとも顔を合わせた。出逢ったきっかけなど根掘り葉掘り聞かれ「樹莉の友人が経営する飲食店で樹莉が一人で訪れていた時に、二階堂が声をかけた」という設定を披露した。(嘘は言っていない)もちろん十和子にもそのように伝えている。

 「兄さん、ナンパしたんだ」「お前やるじゃん」と兄と弟にいじられている二階堂はちょっとだけ可愛かった。その後、ナンパしてきた二階堂をどう思ったのかなど樹莉が聞かれ、樹莉は素直に「ちょっと草臥れてた可哀想な人」と返した。これには後で二階堂に直接文句言われたが、兄と弟は爆笑した。

 樹莉はとても楽しい時間を過ごした。そして「何かあったら遠慮なく頼ってちょうだいね。なんならここで一緒に住んでもいいのよ」とまで言われた。もちろんそれについて丁重にお断りし、樹莉が新潟出身で地元で出産に臨むことを伝えた。そして時々子どもを連れて遊びにくるようにと懇願され樹莉は苦笑しながら首を縦に振ったのだった。

 
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