契約違反ですが、旦那様?
樹莉は内容にざっと目を通して判子を押した。本当はもっと細かくきっちり決めてもよかったが、こういうものはある程度融通が効かないと後々困る。
夫婦、いや、家族になるのだ。子どものことも含めて少々曖昧なぐらいでちょうどいい、と二階堂に言われた。
たとえば、生活費用に渡されたクレジットカードの使用は樹莉が必要だと思ったものなら使用してもいい。必ずしも生活必需品用ということではないという。自分のための洋服や装飾品を購入するのも問題ない。体型維持やストレス発散のため、ヨガやピラティスに通い息抜きすることも認めていた。明細は二階堂が確認できるため、ジュエリーやハイブランドの鞄などをポンポン購入するような大きく外ることがなければいいと樹莉は説明を受けた。
その注釈なども記載したほうがいいか、と思ったが書いたら書いたで「これは大丈夫か?」と不安になりそうだ、と二階堂に指摘され樹莉は納得してしまった。
人の財布を預かるのは苦手かもしれない。樹莉は自分が働いたお金を自分で使うことに躊躇いはないが、たとえ結婚するとは言え、夫の財布を自由にできると言われても正直狼狽えた。
「ま、そのうち慣れるさ。それにここに記載していないけど、仮に樹莉が浪費してしまったとしてもそれを返金しろとは言わない。ひとりで子育てさせてしまうし、その見返りとでも思ってくれればいい。だからと言って限度はあるが」
そんな樹莉の反応に二階堂は満足そうに頷いた。樹莉は不満気に顔を顰める。
「欲しいものは自分のお金で買います。私だって貯金もあるわ」
「俺より多そうだ。堅実に貯金してそうだし」
「少なくとも数年ぐらいならこの子と二人ぐらいのんびり暮らせる余裕はあるわよ。それに地元なら物価も安くなるし」
樹莉は先日久しぶりに覗いた地元のスーパーの食材の値段に驚いた。
やっぱり安いし新鮮なものが多い。新潟は日本海もあるし、野菜も米も地産ものが多い。よって郊外に住んでいる樹莉でもやはり驚いたし、心が躍った。
「樹莉の手料理食べたことないな」
「ここ数年はあまり作ってないわね」
昔は節約のために毎日自炊した。だけどある程度昇級し、給料に余裕が出てくると、作る時間を惜しんで惣菜や外食で済ました。もちろん時々気が向いた時に作ることもあった。
「いつか食べさせてくれよ」
「そうね。いつか」
明日は役所に行き婚姻届を出して病院にも行く。二階堂がついて行きたいというので予約を合わせて取った。二階堂は楽しみだと言いながらベッドに潜り込む。シングルベッドにぎゅっと身体を寄せて眠った。いろんな感情が溢れそうになり、振り切るように樹莉はそっと目を閉じた。