契約違反ですが、旦那様?

 
 その翌日、樹莉は晴れて「二階堂樹莉」になった。病院にも行き、昴はエコー写真を大切そうに受け取っていた。具体的な出産スケジュールを聞き、先に一時帰国の予定を立てるいう昴に樹莉は驚いた。

 「帰ってくるの?」

 病院の待合室で思わず声量を上げてしまった。樹莉は周囲から注目を浴びて思わす「失礼しました」と謝罪する。

 「当たり前だろ。俺、そんなに酷い男に見える?今回だって帰ってきたのに。…2週間かかったけど」

 てっきり出産時はひとりだと思っていたので樹莉はとても驚いた。一方、樹莉にとても驚かれた昴は非常に不服そうだ。

 「ただ、合わせるつもりはあるが、俺が間に合うかどうかはこの子次第だけどな」

 昴はそう言いながら少しふっくらした樹莉のお腹に視線をやった。「撫でていい?」と言われて樹莉は頷く。

 「早くあいたいな」

 昴は言葉の通り、予定日の一週間前に帰国した。樹莉は退職し有給休暇をのんびりと過ごしていた時だ。そして父親の到着を待ち望んでいたように、それから数日後樹莉は破水して入院することになる。

 「元気な女の子ですよ!」

 入院した翌日、樹莉の元に天使が舞い降りた。顔をしわくちゃにして一生懸命呼吸をしようと産声をあげる天使に昴は泣いた。樹莉に何度も「ありがとう、よく頑張った」と声をかけた。寝る間も惜しんで名前を考えたらしく、目の下にうっすらと隈ができていた。昴曰く、飛行機の中で、さらには今日を迎えるまでずっと考えていたらしい。だけど顔を見てどの選択肢も消えてしまい、ようやくしっくりくる名前を思いついたという。

 「希柚(きゆ)、ってどうだ?“ゆ”は“結”と悩むけど」

 今朝はオンラインでいくつか仕事の進捗状況を確認して病院に顔出した昴が樹莉の顔色を窺った。いくつか選択肢を挙げようと言いながらひとつしか出なかった。漢字のパターンだけ選択肢を出したが。

 「…どういう意味なの?」
 
 珍しい音ね、と樹莉は目を丸くした。「きゆちゃんか」とぽつりとこぼす。
 
 「俺たちの希望だよ。俺と樹莉を繋いでくれた希望。あと、柚子って古くから愛されている果物なんだってさ。白くて可愛い花を咲かせるし、甘酸っぱい実も果物としても料理にも使用される。つまり、昔からずっと愛されて重宝されている。だから」

 たくさんの人に愛されてどうかすくすくと育ってほしい。希望に満ちた人生を送ってほしい。そしてどうか誰かの希望になれるように。もちろんその誰かには樹莉と昴も含まれている、と昴は照れくさそうに笑った。

 
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