契約違反ですが、旦那様?
普通40を過ぎての転職は茨の道に違いない。だが、樹莉は心配していなかった。昴ならきっとどこでもやっていけるだろう。それ以上にこのキャリアを見て採らない会社がいるならその顔を拝んでみたい。
「いつ退職予定のなの?有給も余ってるでしょ」
樹莉は乾いた喉を潤すように麦茶を口に運んだ。あれだけ激務だった。
きっと有給もまだ残っているだろう。案の定、昴は「あぁ」と頷いた。
「しばらくはまだ後処理をしないといけない。とは言っても二ヶ月もあれば十分だ。残りの有給をすべて使っても一月末、二月…ぐらいまでは有給があるんじゃないか」
昴は「多分」と付け足した。
「じゃあ4月に向けて転職活動するのね」
「その前に家を探す」
「仕事決まってからの方がいいんじゃない?」
少なくともこの辺りだと都内で仕事するには不便だろう。都内まで通っている人もいるが、これから家を決める昴なら会社を決めて引っ越せばいい話だ。それまではホテルなり実家なり好きに過ごせばいい。
不思議そうに首を傾げる樹莉に昴は苦笑した。
「樹莉はこの辺りがいい?できればもう少し都内に出やすいところがいいけど」
「…?昴の好きなところに住めばいいんじゃないの?」
仕事が変わったといえ、別居婚であることは変わりない。
樹莉はそのつもりで訊ねたのだが、昴は「そうじゃない」と首を横に振った。
「俺は、樹莉と希柚と一緒に住みたい」
「………は?」
たっぷりと含んだ「は」の文字から”意味がわかりません”のほか”契約違反でしょうが”という樹莉の気持ちが伝わってきた。だがしかし、昴はもちろん気づいていないふりをする。