契約違反ですが、旦那様?
「何がネックになってる?ひとつずつクリアにしよう」
そして昔どこかで聞いたセリフと同じ言葉を吐かした。さっきまでの苛立った表情とは真逆でキラキラとした嘘っぽい笑顔で樹莉に笑いかける。樹莉はその笑顔に眉根を寄せた。
「…わかるでしょう?私が何を言いたいか」
「全然わからないね。言葉にしないと何も伝わらないからな」
肩を竦めた夫を樹莉はキィと睨みつける。
「話が違うわ。というか契約違反よ」
「残念ながら違反をしたからと言ってペナルティを受けることはない」
樹莉はうろ覚えの契約内容を頭の片隅から引っ張り出してきた。
記憶が確かなら、養育費の支払いが滞ったり、不貞行為をした場合は法的措置を取ることを認めるが、別居婚ではなくなることに対して何かペナルティがある訳ではない。くそう、と奥歯を噛み締めた。
「そもそも前提が違うわよ」
「旦那はいらないけど子どもが欲しい、だったか。残念ながら籍を入れた時点で旦那はいるんだ。ただ別居婚なだけだ。世間体がいいって飛びついたのは樹莉だろう?」
「…最低!!」
「ハハハ!」
昴は今日ここにきて初めて愉快な気分だった。久しぶりに家族の元に帰ってきたのに全くもって歓迎されたような雰囲気ではなかったからだ。なんなら希柚に存在すらなかったことにされていた。
しかし誤解が解ければ希柚は態度を改めた。
これまで存在しなかった父親がいるとわかり、珍しさもあるせいで今は「ぱぱ、ぱぱ」と言ってくれる。さっきも眠い目を必死にこじ開けておしゃべりをしてくれた。可哀想だけど、そんな意地らしい姿を見ていたくて昴は希柚が眠りにつくまでおしゃべりを楽しんだ。