契約違反ですが、旦那様?
 
 まもなく10月といえどまだまだ夏だ。朝夕は少し涼しくなったものの紫外線は強い。

 やってきたのは江ノ島だった。
 車で約一時間弱。さすがに平日でシーズンも過ぎたので、それほど人はいない。そして二人は初めてだった。鎌倉には来たことはあるが、あいにくその日は天気が悪く断念した。

 ぶらぶら歩き適当に見つけた食事所で昼食をとる。そして江ノ島シーキャンドルの登り景色を眺めていた。

 「リベンジできたな」
 「5年かかったけどね」
 
 樹莉は嫌味を込めて言う。昴は苦笑すると「それでも」と切り返す。

 「嬉しいよ。樹莉とこうしてデートできるのが。突然だったのにありがとう」

 不意打ちの言葉に樹莉の思考が止まった。
 ただ感謝されただけなのに、どうしてか胸にくるものがある。

 「は、話さないといけないこともあるし」
 「うん」
 「美容院だけなら2時間ぐらいで終わるし。普通の休日でも行けるし」
 「うん。でも今まではなかなか行けなかっただろ?」

 表情は柔らかいのに昴はどこか憐れみを含んでいた。
 
 「迂闊だったと今ならわかる。ごめん」
 
 まさか昴から謝罪の言葉がくるとは思っていなかった。樹莉は隣を歩く夫を見上げて呆然とする。

 「いくら金があっても、自由に出歩けないし、風呂入るのすら大変だろう?お義母さんが見てくれてたかもしれないけど、それでも独身時代と勝手が違う」

 青い海。眩しい太陽。空は雲ひとつないのに、樹莉の心はどんどん曇っていく。心地よい波の音が遠くなったり近くなったりしながら、昴はチラッと前を見てすぐに視線を樹莉に戻した。

 「きっと俺には想像もつかないぐらい大変だったと思う。それを俺は樹莉の言葉に甘えてひとりでさせてしまった。もっと何かできたはずなのに自分のことばかりでごめん」

 樹莉の涙腺が緩む。鼻がツンとして喉の奥が焼けるように熱い。昴は樹莉の肩を抱き胸の内側に寄せた。

 「樹莉の連絡はいつも俺のことを気遣うか、希柚の写真ばかりで全然自分のこと言ってこなかった。それも本当は気づくべきだったのに気づかなくて」

 久しく顔を見ていなければ会話も出てこない。話の広げ方がわからなくて、だからいつも希柚の写真に頼っていた。いくら慣れているとはいえ、やはり母国とは勝手が違う。安全面もやはり心配で樹莉はずっと不安だった。

 
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