契約違反ですが、旦那様?
そのことに対して少々恥ずかしい思いはある。娘と旦那に仕事をしている様子を見られているのもそうだし、仲良し家族だと周囲から認知されているのもそうだ。
恥ずかしいといえばもうひとつ。昴と二人きりの時はスキンシップが多くなった。樹莉はなるべく躱そうとするがそうは問屋が卸さない。
例えば今日もそうだ。
さっきから樹莉はしっかりと昴に捕まっていた。洗濯物を畳んでいた樹莉の手元を見計らい、昴は樹莉を捕獲した。そしてラグに倒れ込む。
「眠いから昼寝しよう」から始まったのに、なぜかキスの大雨だ。雨は止まずむしろひどくなっている。今はどうしてか仰向けになった樹莉のニットが捲り上げられていて、その中に昴が頭を突っ込んでいた。
つい先日、初めて3人で動物園に行った時、ふれあい広場にいた犬が樹莉の服の中に顔を潜り込ませていた。小さな犬で、裾がふわりとした服を着ていたので仕方ないが、昴はそれが羨ましかったらしい。
そして今その犬の真似をしている。180cmを超えた大の男が真似をしても全然可愛くない。だけど尻尾を振っているように見えるのは樹莉の目の錯覚かもしれない。
「…っ、昴っ。くすぐったい」
やめて、と樹莉が肩を押し返すが昴はなんのその。焼けた肌は少しずつ皮がめくれて本来の明るさに戻りつつある。その腕を掴んでなんとかしようとするがなんともならないのが男と女の力の差だ。
ましてや昴はこう見えて健康に気遣いジムに行ったりフットサルに励んだりしている。樹莉は運動部に所属したことがない。大人になってストレッチやピラティスなどをやっていた時期もあったが今はまったくと言っていいほど何もしていない。つまり、樹莉の力じゃ到底敵わない上キスでクタクタになった手は猫パンチより威力が弱かった。
「じゃあ脱がせていい?」
「だめ」
「どうして?」
「ここでそんなことしたくない」
ここは樹莉と希柚の住まいだ。
いかがわしいことをするのは躊躇うし嫌だ。
この部屋を見るたびに「昴とこんなことやあんなことを…」と思い出してしまう。それが恥ずかしくて寂しくてそんなことを考える自分が嫌だった。
「だからホテル行こうって言ってるのに」
昴は溜息をつく。樹莉の腹部に温かく湿った吐息がかかった。
湿った肌に舌を這わせて唇を滑らせる。チュウと細く鋭く息を吸えば紅い小さな花が咲いた。それをさっきから付けて重ねての繰り返している。