契約違反ですが、旦那様?
一方樹莉は、高校卒業後上京し都内の四年生大学に進学した。
樹莉は昔から目元がコンプレックスだった。アーモンドアイや猫目なんて言われるがただのつり目。
友人の中には「樹莉は美人だよね」と褒めてくれる人もいるが、第一印象はたいてい「怖そう」だ。黙っていると「怒ってるの?」と言われたこともある。
そのコンプレックスを解消するという点でコスメ、主にアイメイクに興味を持った。高校は校則も厳しく周囲でもメイクをしている友人がいなかったので我慢していたが、大学生になればむしろメイクしていない方が珍しい。
バイト代をコスメに注ぎ込み、自分なりに研究した。ブランドによって発色の良さや肌馴染みが違うことに気づき、そしていつしか化粧品会社で、自分のような女の子のためのコスメを企画したいと考えるようになる。
そして就職活動中のことだ。会社説明会で輝世堂の社員と話す機会があった。樹莉のコスメ知識に社員と話が盛り上がり、そのままトントンと面接が進んで内定をもらった。ちなみに樹莉の第一志望は外資系の化粧品ブランドでそこは見事に書類審査で落とされた。
ただまあ、物事はうまくいかないものだ。企画部を希望したにもかかわらず配属は広報部。
おまけに撮影の関係で朝も夜も関係ない。もちろん残業代は出るし、休日の代替はできる。だが、接待やら食事会はセクハラモラハラの巣窟だ。
樹莉は基本的に人を特に男を信用していない。異性に限ってはときめいたこともないので何を言われても動じなかった。
ただ、中には口がうまくそれを信じてしまう人もいる。マスメディア、広告代理店、いろんな業種や職種の人と話した。
そして、自ら進んで窓口になった。というのも、そこで出逢った関係者と深い仲になったにもかかわらず、酷い目に遭ったり、セクハラに悩んで、休職をしてしまったりと色んなことが起きたからだ。その点樹莉はすべて適当にあしらうし、徹底して誘いには乗らなかった。おかげで樹莉への誘いもなくなった。しかし、ただただストレスは溜まる。
美奈子と出逢ったのはそんな頃だった。休日出勤の代休日。
リフレッシュデイとして、朝からパーソナルトレーニングに行き、マッサージをして、美容院にいくというフルコースを堪能した。夜ご飯に何か買って帰ろう、と帰宅には少し早い時間、電車が混まない時間に最寄駅に降り立った樹莉を美奈子が気づいて声をかけた。
その時の悲壮感漂う表情と身体全体から必死さ伝わり美奈子に圧倒されて「話しだけでいいので聞いてほしい」という言葉に樹莉は簡単にうなづいてしまった。