恋の始まりはいつだって唐突に
これは、非常に困った。
「好きなんです、付き合ってください」
気まずい!
少なくともこの場所には似合わない言葉がふいに聞こえて、慌ててドアの後ろに身を隠した。小さく呼吸をして、なるべく冷静を保つ。
一瞬しか見ることができなかったけど、ドアの向こう側に誰がいるかはすぐにわかった。
肩の上で揃えられた柔らかそうな髪、折れてしまいそうな程に細い体、そして何よりこの甘い声。男性社員なら誰もが憧れる高嶺の花、総務部の三岡さんだ。
定時を大きく回った午後八時。
日中は賑わっているこのオフィスもこの時間ではしんと静まり返っている。
やっとの思いで残業を終えた私は使っていた過去の資料を返却しようと書庫へ向かったところだった。
書庫へ行くには自分のデスクから見るとひとつ上のフロアに行く必要がある。
わざわざエレベーターを使うほどでもないので階段へ続くドアを開けようとしたその時、その声が聞こえてしまったのだ。