観念して、俺のものになって
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たどり着いたのは、私が一人暮らししているアパート。
帰った時に無意識に口にしている『ただいま』も言わず、怒りに任せてバンッ!と大きな音を立て玄関扉を閉めた。
チェーンをかけようと振り向くと、隣からうるさいと言われているようにドンと壁を叩かれる。
比較的新しい建物とはいえ、
家賃が安い分部屋の壁は薄い。
……はぁ、一旦落ち着こう。
ずっと怒っていても仕方ない。
その場で深呼吸をしてみれば、どこにも吐き出せない怒りに涙が滲んできた。
パンプスを脱いで、まるで迷子の子供みたいに玄関口にしゃがみ込む。
これからどうしたらいいのか、という考えだけが頭の中をぐるぐると巡る。
「……とりあえず、メイク落としてシャワー浴びないと」
私はのろのろと立ち上がり、鞄を下ろしてカーディガンを脱ぎ、トイレの扉を隔てた向こうにあるお風呂に入るための準備を始めた。
鞄の中からは、大好きな仁科先生の本がのぞいている。
……それが今日あの男と見た上弦の月を連想させて、顔を歪める。
「サイアク」
舌打ちしたい気持ちだったけど、それすらも紬さんを連想させる行為で。
私はぎりっと奥歯を噛んで、鞄に脱いだばかりのカーディガンをかけようとしたら、
いつの間に移ったのか、煙草の匂いがした。
……あの人の匂い。
興味本位でカーディガンを鼻に押し当てると、紬さんに好きだよと言われた時の事を思い出す。
甘いマスクから出る、聴いただけで惚れてしまいそうな極上のボイスで告白されるという、漫画みたいなシチュエーションを体験したのは25年生きてきて初めてだった。
イケメンの破壊力って恐ろしいね。初心な私には効果抜群で、今でもドキッとしちゃう。
でも、騙されたら駄目よ。
あれは嘘なんだから!