観念して、俺のものになって
「……はぁ」
帰路を歩き始めて、何度目かのため息をつく。
結局、紬さんの顔を見ることはできたけど『婚姻無効の調停を起こす』という大事な話をすることはできなかった。
明日、またあの店に行くしかないか。
真っ暗な空を見上げれば、徐々に太り始めた月が出ていて、光は薄雲に遮られている。
車が2台ギリギリすれ違えるかどうか、という狭い道を歩きながら、またため息をついた。
閑静な住宅街に響くのは窓を開けている家々から聞こえてくるテレビの音や、それを見て笑う声、それに猫の鳴き声くらいだった。
いつもより音がひどく大きく聞こえて、私はふと立ち止まる。
……そうだ、ここは紬さんと一緒に歩いた道だ。
その事に気がついてしまったら、あの大きな手のひらから伝わる馴染んだ熱が自分の掌を握りしめていないことに物寂しさを感じて、ぎゅっと拳を握った。
「べ、別に寂しくなんかない」
アイツにされた嫌なことを思い出して、感傷的な気分を振り切ろうとしたけど、思い出すあの人の顔は、私に向かって嬉しそうに真っ黒な瞳を細める顔で。
思わず首を振った。