観念して、俺のものになって
終業時間まで何度も時計をチラ見して過ごした私は、終業を告げる鐘とともに会社を後にした。
電車に飛び乗って向かうのはもちろん、あの人のお店。
真っ暗になった街に灯る明かりを、
車窓から眺めながら考える。
まずお店に行って、紬さんを見つけたらビシッと人差し指を突きつけて『貴方の出した婚姻届を無効にする調停を起こしてやる!』と面と向かって言ってやろう。
きっと奴は、いつもカフェに行って本を読んでいる大人しくて逆らわなさそうな女だから私を入籍相手として選んだに違いない。
今まで黙って言うことを聞いていた私が突然牙を向いたら、慌てふためいて私の話を聞くはず。
そうして、私が思い通りにならない面倒な女だと認識したら、ヤツはこの婚姻をもっと都合の良いや自分のファンの女性に持ちかけることになる。
最終的に私との結婚を白紙に戻し、彼はその女性と再び入籍するのが、誰も傷ついたりしないハッピーエンドなんだ。
それなのに、紬さんが私じゃない誰かと幸せそうに寄り添う姿を想像すると、胸がズキズキ痛んで苦しい。
電車の車窓には、眉をしかめ泣きそうな顔をした自分の顔が映っていた。
……どうして?
どうして、私はそれで納得できないのよ。
ニヤッと意地悪そうに笑う顔、唇を持ち上げる妖しい笑み、少年のような笑顔……いま思い出せるヤツの顔はどれも笑顔ばかりだった。
笑顔の紬さんは私に向かってあの言葉を繰り返す。
『まひるちゃんさえ頷けば、全部丸く収まる。俺たちが結婚すれば、俺はストーカーに悩まされなくて済む。
きみは彼氏や結婚相手について悩まなくて済む。いい提案だと思うけどな』
違うの、そうじゃなくて。
私があなたから聞きたかったのは……
すると、車内アナウンスが流れ始めた。
私はハッとして、次の駅で降りるために考えを中断して開くドアを見つめた。