観念して、俺のものになって


「あの女……!」

紬さんは歯を食いしばって大通りの方へと体を捻り、腰を浮かしかけた。


今にも走り出していきそうな彼に向かって、私はとっさに声を上げる。


「まっ、待って!
ひとりにしないで!!」


さっきまで命の危険を感じるほど緊張していたから、糸がぷつんと切れた今は泣きそうなのを必死に我慢してるんだ。

こんな状態の私を置いて行かないで。



紬さんが私を振り返り、
ぐっと眉を引き絞る。

そのまま私の側へと座り込んで、たくましい腕を広げ、壊れ物を扱うかのようにそっと私を抱きしめた。


焙煎された豆の深く甘い香りと、仄かにほろ苦い煙草の匂いが鼻へ抜ける。


「……怖い思いさせてごめん。
こうなる自体は予想していたのに、
もっと早く動くべきだった。

もう大丈夫だよ」


私を抱きしめる力は最初は優しかったけど、段々と強くなって……それが紬さんの後悔を現しているようだった。

”大丈夫だよ”

そう、その言葉が欲しかったの。


安心しきった瞬間に、とうとう涙が瞼から溢れ出した。


「ううっ………ひっく」


私は紬さんの肩に顔を埋め、漏れそうになる嗚咽を殺す。
 
そうしていなければ、子供のように大声で泣き喚いてしまいそうで。



< 128 / 200 >

この作品をシェア

pagetop