観念して、俺のものになって
何を言われているか上手く理解できず、え?しか発せない間抜けな私は紬さんを見上げる。
―――その時だった。
ちょうどタイミングよく、『ポーン』という音ともにエレベーターの扉が開いたのは。
「分かってると思うけど、それは僕の部屋の鍵でもあるんだから絶対に落としたり、無くしたりしないでね?」
前にも聞いた台詞を口にしてから、開いた扉から颯爽と出ていく彼の後に慌てて続く。
エレベーターから出た私は思わず「ひえっ」という声を漏らして、周りを見回した。
共用廊下は夜だからなのか、まるで美術館の展示室のように照明が極端に少ない。
生成色の壁には花や蔦を思わせるお洒落なアイアンアートがかけられており、床にはダークグレーと黒の絨毯が敷き詰められている。
……ここって本当にマンション……だよね?
なんだか、異世界に迷い込んだような気分でそわそわしちゃう。
私のようなごくごく普通の庶民には縁のない、高級な雰囲気に飲まれて唾を飲む。
紬さんはそんな私を横目で見て、木目調のスチールドアの前で大袈裟にため息をついた。
「ココ開けて」
「えっ」
「早く」
「あっ、ハイ」
眉間にシワを寄せた紬さんに急かされた私は、慌てて人が2人並んで入れそうなほど大きな玄関扉へ鍵を差し込もうと右手に鍵を構える。