観念して、俺のものになって
ところが、紬さんは私の掌を両手で包んだまま鍵をドアハンドルにかざした。
ただそれだけで、「ピッ」という電子音とともに鍵の開く音がして、ちょっと感心する。
「鍵の部分は停電の時くらいしか使わないよ」
彼が腕を伸ばし、暗い色のスチールドアを開く。
扉を開いただけで、玄関の天井に埋められたダウンライトが点灯した。
……ほんっとにどこもかしこもラグジュアリーで、私の場違い感が半端ないんだけど。
あまりにも住む世界が違くてぼけっとしていると、またため息をつかれる。
「ほら入って」
「あっ、ハイ」
部屋の中はさっきの廊下とは打って変わり、白を基調とした明るい場所だった。
ダウンライトを反射する真っ白な大理石でできた玄関土間に、同じ素材でできているらしい廊下。
そこにはまだ、わずかに新しい建物独特の香りが残っている。
玄関土間には靴を着脱する時に使うためのものだと思われる、お洒落な形のベンチソファーが置かれていた。
変に緊張しちゃって「お、お邪魔シマス」とギクシャクしながらソファーに座り、パンプスを脱ごうとすると後ろ手で玄関扉を閉めた紬さんと目が合う。
彼はふっと口元の黒子を持ち上げ、優しく言葉を紡いだ。
「俺たちは“夫婦”だから、ただいまって言ってほしいな。……おかえり」
あ、そっか。私たちは夫婦かぁ……
改めて表された関係性に、自然と口角が上がってしまう。
ストーカーに巻き込んだことや勝手に婚約届を出されたことを許してもいいかなと思うくらい、今の私は浮かれまくっていた。
こういうの、惚れた弱みって言うのか。
何となく恥ずかしくてか細い声で「ただいま、です」と呟く。
紬さんはそのまま私の真向かいにしゃがみ込んで、目線を合わせる。
ちらりと顔を上げて彼の様子を伺うと、擽ったそうな顔をして微笑んでいた。
この人に時々向けられる、愛しいって言いたげな顔に弱いの。