観念して、俺のものになって


「多分知らないと思うからもう一つ言っておくけど、まひるちゃんが大好きな『仁科隆聖』はね、本当は望月(ひじり)っていう女性なんだ。

『常闇の街』のあのシーンは『僕』と『鏑木』の美しい友情話なんかじゃない。婆さんと爺さんの馴れ初めを書いた話なんだ」

「へっ?」


「……ウチの亡くなった祖母は数年前に亡くなっているんだけどね、彼女の才能に惚れ込んだ爺さんに全部の逃げ場を封じられて結婚させられたんだ。本当ひどい話だよね」


大ファンの私でさえ知らなかった新事実が次から次へと出てくるものだから、混乱せざるを得ない。


「えっ、ちょっと待ってください!!
情報量が多くて追いつかない!」


「うん、それは仕方ないと思う。
多分その結婚に納得してなかったんだろうね。彼女は完成した原稿を住んでいる屋敷に隠してしまった。

『仁科隆聖』の作品が、亡くなった後でも新作としてぽつぽつ発表されるのは隠された原稿が発見されるからなんだ」

「そ、そうだったんですね」

 
まだ混乱しているものの、妙に腑に落ちたその時。

ノックの音がして、写真撮影のために男性のカメラマンさんが入って来た。

「失礼します。新郎の方、恐れ入りますが控室の窓際に佇むシーンを撮らせて頂いてもいいですか?」


声をかけられた紬さんはカウチソファから優雅に立ち上がり、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべる。

「はい、どちらに立ったらいいでしょうか?」

「あ、その辺の窓際で……そうですね、ソファに手をついてこちらに目線いただけますか?」


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