観念して、俺のものになって

ユミちゃんが何を言っているのか理解できず、眉間にシワを寄せた。


「だから、何が?」

「気付いてないんですか?そのコーヒー、作り直さなきゃダメですよ!」

「え?……あっ」


彼女を見つめたのは一瞬のことだったと思っていたのに、どうやらぼうっとしていたらしい。

俺としたことがフラスコをアルコールランプの火から外し忘れていた。

一応抽出したコーヒーを飲んでみたけど、これじゃお客さんには出せないや。
ああ、勿体ない。


ユミちゃんが呆れたように肩を竦める。

「チッ」


彼女に注意されたばかりだが、思わず舌打ちをした。

そもそも俺がこんなに気にかけてやってるのに、なんであの子は俺を見ないんだ!

俺はため息をつきながらそれを廃棄して、新しいコーヒーを用意し始めた。

          

あれから、どれくらいの月日が経ったのだろうか。

何度笑顔を向けてもこちらを意識しない彼女のことを考えるのも、だんだん虚しく癪に障るようになってきて。 

まひるちゃんのことを、できるだけ意識の外へと追いやるようにしていた。

そんな時だった、
彼女の方から声をかけられたのは。


その日は暑かったからなのか、朝から昼過ぎまで来店する客が少なかった。

夕方からのラッシュに備えて、スタッフの子たちに多めに休憩を取らせていたから、その時カウンターにいたのは俺だけ。


鉄と硝子で出来た扉を開いて、いつものように姿を見せた彼女に機械的に「いらっしゃいませ」と声をかける。

もう、今までのように笑いかけたりはしなかった。

もはや定位置になっている、壁際の席にまひるちゃんは座る。

「お決まりでしたら、お呼びください」

僕は彼女のテーブルにお冷とお絞りを置き、冷めた瞳で見つめた。


どうせきみはいつもみたいに、ブルーマウンテンを頼むんだろう?

たまにエスプレッソやアメリカーノ、それに加えてケーキセットを注文することもある。


それで、俺の顔なんてちらりとも見ず、あっという間に読書の世界へのめり込んで没頭してしまうんだ。

そう思っていたのに、彼女はなんと珍しく僕の顔を真っ直ぐに見上げてこう口を開いた。

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