観念して、俺のものになって
「……あの、少し聞いてもいいですか?」
彼女の茶色い瞳と目が合ったことに驚いて、少し口籠る。
「は、はい」
まひるちゃんはすぐにメニューに目線を落としグアテマラ産の豆を使った、この店で一番高いブラック珈琲を指し示した。
「私、この2千円くらいする珈琲が大好きなんですけど他のと何が違うんですか?」
「ああ、これは……」
グアテマラの珈琲豆は知名度も人気もあるのだが、産地によって味がかなり違う。
基本的には深いコクのあるチョコレートのような甘味に、果実を食べているかのような酸味と表現されることが多い。
弟子入りした喫茶店の店主はかなり珈琲にこだわりを持っていて、いろいろな産地へ直接向かって買い付けを行っていた。
俺が一番好きだったのはグアテマラの豆で、その中でも特にお気に入りの、花のような華やかな香りのものはなかなか手に入らなかったよ。
豆の違いや焙煎方法、そしてバリスタの力量で生み出される味の違い……様々な珈琲の魅力に取り憑かれて、俺はもっと珈琲を学びたいと留学を経て、こうして自分の店を持つことになったのだ。
「……へえ〜、そんなに違うんですね」
まひるちゃんの声に俺はハッとして口を押さえた。
もう意識しないようにしよう、と思っていた彼女は目を丸くしてこちらを見上げている。
いけない、一番好きな珈琲のことを尋ねられたからって、少し喋り過ぎたかもしれないな。
退屈させてしまったかと思ったのに、まひるちゃんは明るい茶色の瞳を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
「店長さんが淹れたブルーマウンテンを飲むと、仕事でミスして落ち込んでいる気持ちが和らいで、明日も頑張ろうって思えるんですよ。かなりお高めだけど、この珈琲の為なら毎日でも通いたくなっちゃいます」