観念して、俺のものになって
聖さんの名前を出した途端、爺さんの目の色が変わった。
その様子を見ながらため息をつく。
祖母の部屋に勝手に入ったことが後で爺さんにバレると、厄介なことになる。
正確に言うなら、爺さんは聖さんのことになると、非常に面倒くさいんだ。
それは親族全員の共通認識だった。
なんと言っても爺さんは、上京したばかりの田舎者だった、純朴な祖母を丸め込んで軟禁し、結婚を承諾させたという非常識な執着男なのだ。
もし今そんなことをしたら犯罪だ……いや、当時も犯罪だったのかもしれないけど。
だから、親族の中で祖母と爺さんの話は禁句とされていた。
「……聖が何か言っていたのを思い出したのか?もしかして、隠した原稿の在り処か!?」
目を輝かせた爺さんを見下ろしながら、大袈裟にため息をついて見せる。
「そんなわけないだろう、ただちょっとあの部屋で本が読みたいだけだよ」
そう言うと爺さんは顔をしかめて「チッ」と舌打ちをした。
俺の悪癖は爺さんのが写ってしまったんだな、と会う度に思う。
……いつかは直さなくてはいけない。
「とにかく、しばらくあの部屋に入るから」
背を向けると、爺さんは俺に向かってまた声をかけた。
「夕食はキミヨさんに頼んで、カレーにしてもらうからそれ食って帰れ」
この屋敷のお手伝いさんである、キミヨさんのカレーは小学生だった頃の俺の好物だ。
全く、本当にぼけはじめてるんじゃないの?
「わかったよ」
ため息をつきつつ振り返って答えると、爺さんは子供みたいな笑顔を浮かべた。