観念して、俺のものになって
俺は今まで祖父の本も祖母の本も読んだことがなかった。
自分の身内だから、そういう気恥ずかしさもあったのかもしれないけれど。
一番は祖父や祖母の……心の奥底に眠る感情を知りたくないって気持ちが大きかったように思う。
『暁』は事故で両目を失明した主人公が手術によって視力を回復するものの、見たくなかった現実を知り、だんだん荒んでいく……ざっくり言えばそういうだった。
内容は鬱々としているはずなのに、それを表現する文章はどこまでも平坦で……ただ、透明なガラスを一枚隔てたように、淡々と主人公の悲哀を描き続ける。
だからこそ、いっそう主人公の苦悩が心へ突き刺さった。
現実を思い知らされた主人公は、
やがて酒と女、そして薬に溺れてゆく。
物語の後半、主人公はやがて自分の視力がまた衰え始めていると気がついた。
宵闇に染まっていく空のように、主人公の視界は再び閉ざされていく。
しかし、まるで眠りに落ちる直前のような薄闇の中で主人公は安堵し微笑んだ。
「これで……」
ついに文字が追えなくなって、俺はハッとして顔を上げた。
陽はとうの昔に沈んでしまったようだ。
宵闇どころか、漆黒に塗り潰されはじめた窓の外へと視線を向ける。
空を見上げると、散らばった硝子のかけらのような星が見えた。
優しい闇の中へと再び戻った主人公は……もう、光を見ることはないのだろう。
なぜだか涙が溢れた。
彼女も同じ気持ちだったのかもしれない。
本の中から現実へと戻ると、途端に空腹と鼻をくすぐるキミヨさんのカレーの匂いを感じた。
タイミングよく爺さんが俺を呼ぶ。
「おぉーい、紬!」
俺は本を元の位置へと戻し、
今か今かと待つその声に答える。
「いま行くよ!」