観念して、俺のものになって
結局最後まで読むことのできなかった『暁』と、今まで出版された『仁科隆聖』の本を俺は全て本屋で買い求めた。
そして、あの子がカフェに来る度に今、何を読んでいるのかチェックするようになった。
彼女は本当に『仁科隆聖』の本が好きなようで、毎回観察して何度も繰り返し読んでいる本もわかるようになってくる。
あの子が好きなのは『暁』とおそらく『常闇の街』、『可惜夜の月』。
特に『常闇の街』は清掃で近くのテーブルを拭いていた時に「美味しそう⋯⋯」と呟いていたから、鰻屋のシーンが好きなのかもしれない。
聖さんは繊細な心理描写を得意とする作家だった。
それに毎回心を打たれるまひるちゃんは、きっと祖母と同じ……お人好しで誰かを憎みきれない女性なのだろう。
休日にひとりカフェにやってくるあの子に、彼氏はいないに違いない。
聖さんの作品が大好きな彼女と、
聖さんの孫である俺。
今までその言葉を信じたことはなかったけれど、この出会いは亡くなった聖さんが用意した”運命”に思えた。
しかし、あの子は俺の店で珈琲を飲み本を読むだけで、全くこの俺には興味を示さなかったのだ。