観念して、俺のものになって
カウンター席で俺が淹れたブルーマウンテンを飲みながら静かに読書をしているのは命の恩人でもあり、ずっと恋焦がれていた女性。
せっかく会えたのだから『あの子にもっと近づいて、もっと知りたい。あわよくば結婚したい』という気持ちは、時間の経過とともにどんどん膨れ上がっていった。
……どうにか、彼女に話しかけることができないだろうか。
そう思った俺はあの子がやってきそうな時間帯に、できるだけホールを担当することにした。
そして、あの子が俺に話しかけてくるのを待ち構える。
彼女と仕事以外の会話をすることさえできたら、きっと俺はうまくやれる。
長期戦は得意なんだ。
必ず彼女を俺に夢中にさせてみせる。
だが、店にやってきても必要最低限の会話しかしない彼女に接する機会は、全くと言っていいほど訪れなかった。
焦れに焦れた俺は考える。
彼女と店の外で出会う方法はないだろうかと。
「ご契約ありがとうございます!」
不動産会社の営業マンは契約書の前で、ニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべた。
俺はその契約書に間違いがないか、確認するために視線を落とす。
契約書に書かれているのはまひるちゃんが乗り換えた急行停車駅そばの、4LDKファミリータイプの物件。
彼女が乗り降りする急行停車駅。
それを利用するような近所に住めば、出会う確率は自ずと高くなるはず。
そう考えながら俺は書類に印鑑をついた。