観念して、俺のものになって
エスプレッソ
冷たい手で触られただけではまだ冷めない顔の熱を冷まそうと、手でパタパタ仰いでいた。
電車が時間通りに到着し、たくさんの人々が行き交う駅のホームを見渡すと、できれば見つけたくなかった姿を発見する。
先ほど私たちが駆け上がった、エスカレーター近くのドアの前に並んでいたのは、店長がストーカーだと言ったあの女性だった。
ええ、まだ追いかけてくるの!?
正直、あれだけ逃げたんだからもう諦めて追ってこないと思っていた。
ストーカーの執念深さを侮っていたよ.....!
体を強張らせた私の手を引いたのは、もちろん店長だ。
「ほら、ぼうっとしないでさっさと乗る!」
あれ、数分前までちょっとイイ感じのムードだったのは気の所為?
ていうか、しつこく言うけどこんな目に遭ってるのは店長さんのせいなんだからね!!
思わず、この人と同じ様に「チッ」と舌打ちしそうになる。
……こんなヤツと同じレベルになってはいけない。
平常心でいくのよ私!
そんな私の気も知らず、電車が動き出すと店長はふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
「ほらね、僕の言った通りだっただろう?」
「……全然嬉しくないんですけど」
「…………」
よく考えてみれば、ほぼ初対面の2人で行動しているんだ。
異常な事態を実感してしまい、妙な沈黙がその場に落ちた。
この沈黙が気まずい。
何か盛り上がるようなことを話さないと。
待って、こんな自分勝手な人に気を遣う必要あるの?
自分の中で2つの気持ちがせめぎ合う。
結局私は黙り込んで、ただ車窓から映画のフィルムのように流れてゆく街並みを眺めた。
少し顔を知っているくらいの彼が好む話題なんて、何も思いつかなかったから。