観念して、俺のものになって



多分、予想は外れてるだろう。

私は店長に婚姻届を差し出されたのを黙って受け取ると、ぼそっと呟いた。


「……最初からそう言う風に言ってくれたら、よかったのに」


自分の可愛げのなさを恨めしく思っていると、とあることに気づく。


『ツムギ店長』と彼が呼ばれていることは知っているけれど、彼のフルネームを知らないことに。


店長は立ち上がり、瞳を優しく細めながら私の耳元に唇を寄せた。


「……きみのことは『まひるちゃん』って呼んでも?」

「はっ、はい!」


甘くてセクシーな低音が私の鼓膜を揺すぶって、うなじに生えた毛がぞくりと逆立つ。


もう、急にイケボで囁かないでよ。


ドキドキと早寝を打つ心臓を深呼吸して落ち着かせてから、店長から受け取った婚姻届に視線を落とした。


「お名前、望月紬(もちづきつむぎ)さんって言うんですね」


そこに書かれていた名前を読み上げると、彼は自分の名前を恥じるような苦い微笑みを浮かべた。


「ああ。子供の頃は男のくせに、って名前のことでよくからかわれてね。この名前が嫌で嫌で仕方なかったよ。まあ、今はなんとも思わなくなったけど」


自分の名前を恥ずかしいと思うまで、幼かった彼は何度も傷付いたのだろう。


今では背が高く、しっかりとした筋肉がついているどこから見ても逞しい成人男性だけど、昔はそうではなかったのかもしれない。


……この人は、ただの”嫌なヤツ”じゃないのかも。


嫌味ったらしい言葉も、人によって使い分ける顔も店長なりの処世術だったのかもしれないね。


私は伺うように彼の瞳を見つめた。



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