観念して、俺のものになって
男の人の手のひらの感触にドギマギしながら、そういえばこの後はどうするのだろう、とふと思い至った。
このまま帰るのかな。
仁科隆聖先生の本について、こんなに話ができる人を見つけたのは初めてだった。
だから嬉しくなって色々話してしまったけど、本当は引かれたりしていないだろうか。
隣にいる紬さんを見上げると、
彼は少し遠くを眺めていた。
不思議に思ってその視線の先を追いかけると、どうやら駅のそばにある喫煙所を見ていることに気がつく。
「……煙草、いかなくて平気ですか?」
繋いだ手をくい、と引いて聞いてみると、紬さんはバツが悪そうな顔をした。
少し考えるように視線を動かした彼は、私の顔色を伺う。
「ごめん、もし嫌じゃなかったら行ってきてもいい?」
「大丈夫ですよ、ウチの会社の人もよくご飯の後に行ってるので……あ、近くにベンチあるみたいなんで、そこで待ってますね」
にこりと笑って答えると、紬さんは「ごめん」と一言言ってから手を離し、ポケットから煙草を取り出して喫煙所の方へ歩き出した。
美味しい鰻をご馳走して貰ったんだから、これくらい全然いいよ。逆に申し訳なく感じてるくらいだ。
一方の私はというと、喫煙所が見える場所に置かれたベンチに腰掛ける。
ガラスのブースで仕切られている所に入った彼はまだ火をつけていない煙草を咥え、軽く私に向かって手を振った。
それに小さく手を振り返しながら、私は先ほどまでの、仁科先生の小説の世界に入り込んでしまったような光景を思い返す。
そんな空間を作り出してくれた、魔法使いのような紬さんのことを考えた。
昨日、紬さんと電車に乗った時は彼が好きな話題なんて思いつかなくて、
ただ気まずい時間が早く通り過ぎればいいと思っていたのに。