観念して、俺のものになって
フラットホワイト
この時間帯は冷えた風が吹いて、少し寒い。
星が散らばる夜空には、先ほど料亭で眺めた上弦の月が見えた。
でも、今は月を見るどころじゃない。
たった今、『結婚した』だなんて耳を疑うことを聞いたからだ。
怪訝な顔をしてしまったのは無理ない。
「……紬さん、今なんて?」
先ほど聞いた言葉が信じられずに呆然としたまま、私は目の前の男に向かって尋ねた。
紬さんは唇の両端を上げ、真っ黒な瞳を細める。
「うん、結婚したって」
改めて聞いても意味が分からない。
「け、結婚!?なんで?どうやって!?」
混乱してまくし立てる私を見下ろし、彼は首を傾げて不思議そうな顔をする。
「どうやってって、普通に区役所に婚姻届を出して」
「そんなの出した覚えが……あっ!」
そうだ。私たちは紬さんのストーカー客を諦めさせるために、区役所に入って婚姻届を書くフリをしたんだった。
チェックだけして提出しなかった婚姻届……彼はどうしたんだろう。
「まさかあれを……?」
蚊の鳴くような声で、震えながら問うと紬さんはお店にいるときのようなとても良い笑顔を見せた。