円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 レイナード様が飛ばされた方向を見て、心臓がドクンと大きな音を立てる。
 地面がない。
 向こうは崖だ!

 お願い!間に合って!!

 すぐさま体勢を立て直すと地面を蹴ってジャンプし、レイナード様に向かって手を伸ばす。

 どうにか届いて掴んだその手をしっかり握って、片足で崖ぎりぎりの位置に着地したと同時に体をひねってレイナード様を安全なところへ投げ飛ばした。

 カモちゃん、ナイスだわ!あなたのおかげで、レイナード様を助けられたわよ!

 反動で崖からダイブする形になったわたしは、宙に浮きながら崖下の沢がそこそこな激流であることを確認した。

 こういうときって、いろんなことがスローモーションのように見えて、これまでのいろんな出来事が思い浮かぶっていうけど、本当ね。

 体を起こしたレイナード様が何か叫んでいる。

 10歳のときに「婚約者になってください」と跪いて言ってくれたこと。 
 デビュタントのファーストダンスで「綺麗だよ」と言ってくれたこと。
 マカロンを頬張るわたしを見て「リスみたいだね」と笑ってくれたこと。
 最後に思い浮かぶのはどれもレイナード様との甘い思い出だった。

「レイ!今までありがとうっ!」
 落下しながら叫ぶと、上から「シアっ!!」というレイナード様の悲痛な声が聞こえた。


 ああ、しまった。
 わたしがステーシアだって、バレちゃったわね。

 激流に飲み込まれながら最後にそんなことを思った――。

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