円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 その日の夜、俺はリリーに会いに行った。
 ダリル家の執事に火急の用件でどうしても今すぐ話したいことがあると必死に訴えると、渋々といった様子で書庫に案内してくれた。

 リリーは机で何かを熱心に書いていた。
 ランプに照らされた横顔は、唇をわずかに尖らせている。リリーが集中しているときの癖だ。

「楽しそうだね」
 声を掛けるとリリーはゆっくりと顔を上げ、時計を確認してからこちらに顔を向けた。

「まあ、カイン。こんな時間にどうしたの?」

「リリーにとっては朗報だ。ステーシア嬢は婚約破棄になっても国外追放にならないし、仮に命を狙われたとしてもグリマン家の魔導具が守ってくれる。といっても、あの子は強いから守る必要はないだろうけどね」

 セントームの港町で買ったネックレスをポケットから取り出し、リリーの首にかけた。
 雫の形をしたチャームは、光の加減で虹色にもエメラルドグリーンにも見える夜光貝だ。

「これを渡しておきたかった。次は俺が王家から命を狙われるかもしれないから、そうならないようにもうひと頑張りしてくるよ」

 上手く笑えているだろうか…そう思った時、リリーが椅子から立ち上がって俺の胸に飛び込んできた。

「あの日は言い過ぎたわ、ごめんなさい。あなたの代わりなんて本当はいないから、早く戻って来て」
「わかった」

 久しぶりにリリーをぎゅっと抱きしめて「充電」したあと、お互いに見つめ合い、そっと口づけを交わしたのだった。


 そしてこの数日後、レイナードが「お忍び」で参加した騎士団の体験訓練で、とんでもない事件が起きてしまったのだった――。


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