円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 至近距離でよく見ると山賊のお頭はずいぶん若い男で、しかも綺麗な顔立ちをしている。
 黒髪に漆黒の瞳。
 どこかで見たことがあるような…?

 わたしは、騎士団の訓練で山へ来ていたのだがグリフォンの風圧で吹き飛ばされて激流に流されたと簡単に説明し、助けてもらったお礼を言った。

 騎士団のキャンプと聞いて、わたしが貴族の令嬢であるとピンときた様子ではあったけれど、家名は聞かれなかったから「ステーシアです」とだけ名乗っておいた。
 お頭のほうも「俺はここら辺一帯の山賊を束ねているキースだ」と名前を教えてくれた。

 昨日の夕方近くに、この辺りにはめったにいないはずのカモたちが沢でガーガー騒いでいるのを聞いて不審に思った彼らが見に行ってみたところ、浅瀬で水に浸かり、シャツを真っ赤に染めて気を失っているわたしを発見したんだとか。
 それからほぼ丸1日、わたしは眠り続けていたようだ。
 

「今年、あっちの岩山にグリフォンが巣を作って子育てをしてるんだ。巣立ちに向けて餌を捕る練習をしていたんだろうな。デカイほうはたぶん母親だ」

 親子…それを聞いてしまうと、あの小さなグリフォンがどうなったのか気になってしまう。
 さあ騎士様たち、やっつけてちょうだい!と思いながら誘導してしまったけれど、そうと知っていれば追い返す方法もあったかもしれない。

「知らなかった。こんな近くにグリフォンが棲みついているんですね」
「いや、グリフォンは群れを作らずに単独で行動する生き物だから、ずっと同じ場所にいるわけじゃない。子育てをする巣をたまたまあそこに作ったってことだ」

 さすが山で暮らしているだけはある。
 キースはおそらく20代半ば、レオンお兄様と同年代だと思うけれど、魔物のことにも詳しそうだし、この若さで山賊たちを束ねているのは大したものだ。


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