円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 いろいろ考えてみたけれど、貴族の令嬢であるわたしが彼らの生活を2日間体験しただけで全てを理解した気になって何かを言っても、彼らの心には響かないだろう。

 そんなことを考えていたら、あまりにも唐突に言われた。
「食い終わったら麓まで送る。そこからは、おまえなら一人で誰かに助けを求めるか、サルみたいに木から木へ飛び移りながら帰ることができるだろ」

「え…」としか言えないわたしを見てキースが笑う。
「何驚いているんだ、まさかここに居座るつもりだったわけじゃないよな?お嬢さんのキャンプごっこはおしまいだ。捜索隊が出ているはずだから、このアジトの場所が知られると困る。俺の気が変わらないうちに帰ったほうが身のためだ」

 売られることも、乱暴されることもなく解放してくれるということだ。
 喜ばないといけないのに、なんでこんなにしょんぼりしてしまうんだろうか。


 アジトを出る前に、ひとりひとりに命を助けてもらったお礼とお別れを言った。
 特に良くしてもらったジェイには、もしも病気や怪我で助けが必要になったらビルハイム伯爵家を訪ねてほしいと言っておいた。

 ビルハイムと聞いても、ジェイはあまり驚いてはいなかった。
「ステーシアっていう名前を聞いて、そうじゃないかと思ってた」
 そう言って、少し困ったように笑ったのだ。

 もともと商人だったジェイは、ステーシア・ビルハイム伯爵令嬢という名前を知っていたようだ。
 ということは、一昨日わたしが「ビルハイムの馬車を襲ってみろ」と生意気なことを言った時に、咄嗟に話題を「騎士団長は子供を食べる」と変えたのも、わたしの素性がバレないよう、わざと言ってくれたのかもしれない。

「ビルハイムの家門は、命の恩人を無碍に扱うことは決してしません。だから、あなたたちに何かあったときは恩返しさせてください。お頭のこと、支えてあげてくださいね」

< 133 / 182 >

この作品をシェア

pagetop