円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 怖い顔で「今すぐ二人っきりで話がある」という父と、「お説教の前にまず湯浴(ゆあ)みをしたい」と懇願するわたしと、「シアから離れたくない!何ならシアと一緒に湯浴みしたっていい。うん、そうしよう、昔はそんなこともしたよね?」と何やら壊れ気味のレイナード様と、そんなレイナード様を苦虫を嚙みつぶしたような顔でにらみ続けるレオンがいて、スタンは相変わらず笑い転げている。

 そんなカオスな状況を上手く仕切ってくれたのは、やはり母だった。
「レオンとスタンは仕事に戻りなさい。ステーシアが元気なことが確認できたのだから、もういいでしょう?」

「それと、アナタ!相変わらず女心のわからない方ねえ、湯浴みが先に決まってるでしょう!」

「レイナード殿下、7年前とちっとも変わらないんですのね。森で吸血コウモリに襲われたあの日も、ステーシアから離れたくないって大騒ぎでしたものね。巷ではあれやこれやと噂されておりますが、殿下のステーシアへの愛情があの頃のままだと確認できて安心いたしました。ステーシアの湯浴みの間、どうぞ殿下も汗を流してくださいませ」

 そして、テキパキと使用人たちに指示を出し、普段使いの浴室をわたしが使い、お客様用の浴室をレイナード様に使っていただくということになって準備が整えられた。


 服を脱ぐときに、ズボンの後ろのポケットにグリフォンの羽を入れていたことを思い出して手を突っ込んでみると、まだそこに2枚入っていた。ポケットからはみ出ていた大きい2枚は流されてしまったらしい。
 水に流され自然に乾いた後はずっとわたしのお尻でぺったんこにしていたため、ずいぶんとくたびれていて、これでは魔導具の材料としては不適格かもしれない。
 それでも、休暇が終わったらルシードのところへ持っていこうと決めた。

 体はそうでもなかったけれど、厄介だったのはいろんな汚れや染色による傷みでゴワゴワになっていた髪で、それを侍女だけでなく母まで一緒になって何度も洗い、香油をつけてツヤを出し、しっかり乾かした後はふんわりしたハーフアップに結ってくれた。

 レイナード様がいらしたことで、母はひそかに張り切っているのかもしれない。

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