円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 父の書斎を出ると、執事が待ち構えていた。
 
 湯浴みを終えたレイナード様に軽食をとるようすすめたのだが「シアが戻るまで待っている」と言ってきかなかったらしい。
 
 やれやれと思いながら応接室に入ると、レイナード様は嬉しそうに顔を綻ばせながら近寄って来てわたしをぎゅうぎゅう抱きしめた。
「シアが遅いからまた逃げられたのかと心配していたんだ。よかった」

「もう逃げないと約束したではありませんか。だから放してください、レイナード様」

「ちがうだろう?レイって呼んでほしいと言ったよね?」

 ああ、もう、メンドクサイ!
「レイ、今日のあなたはずるいわ」

 抗議を込めてふくれっ面をして見せると、レイナード様は「かわいい」と喜び始めてしまい、逆効果だった。

「シアは、そんなおねだりをどこで覚えたの?」

 おねだりなんてしてませんから!
 それに、そんなことを言いながら額同士をコツンとぶつけるあなたのほうこそ、こういうことをどこで覚えたのかしら?
 ……ナディアよね?

 別の腹立たしさが込み上げて来たところで、執事の遠慮がちな咳払いが聞こえた。
「あの…お取込み中のところ申し訳ありませんが、そろそろお食事を…」

 あら、ごめんなさい。
 すっかり忘れていたわ!
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