円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 レイナード様と一緒に食事をするのは久しぶりだった。
 
 テーブルを挟んで正面に座る彼の洗練された所作を見ていると、今朝、山賊のアジトでお行儀悪くヤマモモの種を口からプッと吐き出したことが遠い過去の別の世界の出来事のように思えてくる。

「シア?食欲がないみたいだね」
 いつの間にか食事の手を止めていたらしく、そんなわたしをレイナード様が心配そうな顔で見つめている。

「ちがうの」
 笑って首を横に振る。
「今朝までわたし、山賊のおじさまたちとお行儀悪く食事をしていたものだから、今こうしているのが何だか不思議で…」

 するとレイナード様は、持っていたナイフとフォークを置いて、丸パンをひとつ掴むと手で真ん中を割り、ハムとレタスを指でつまむとパンにはさんで、指先をペロリと舐めた。
 そして、いたずらっぽく笑うと大きく口を開けて、そのパンにガブリと噛みついてムシャムシャ食べ始めたのだった。
 
 わたしもそれに倣って、パンにハムとレタスを挟んでかぶりついた。

「本当はキャンプでこうやってシアと一緒に行儀悪く食事をしたかったんだけどね…台無しにしてしまって申し訳なかった」
 
 待って!つまりそれって…?
「レイは、最初から赤毛のアーシャがわたしだって知っていたの?」
 おずおずと尋ねると、レイナード様はにっこり笑った。
「もちろん」
 
 もお~~~っ!
 必死に声色を変えようとしていたわたしが馬鹿みたいじゃないの!
 婚約者に命を狙われているとまで言ってしまったけど!?

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