円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 新学期の開始を2日後に控えたこの日、わたしは自宅のバラ園に身を潜めていた。

 バラ園の隅の、バラの茂みと家の外壁の角にあたる部分の間に空洞があって、しゃがんでいればバラ園の通路から見渡しただけではまず見つからない。
 子供の頃からわたしだけが知っている、とっておきの隠れ場所だった。

 さっき、不機嫌そうな声でわたしの名前を呼びながら通り過ぎるレオンの足元が見えた。

 バレていないようね。しめしめだわ。

 なぜレオンから逃げ回っているかというと、朝食の後、非番のレオンと庭の芝生で行った稽古が原因だった。

 容赦なく――といっても、レオンは「これでも半分も本気を出していない」と言っていたけれど――木刀をガツガツと打ち込まれて、さては先日馬車から蹴落としたことを根に持ってるのね!とキレたわたしは、木刀をレオンに向かって投げつけ、そこにわずかに生まれた隙をついてカモちゃん最大出力の飛び膝蹴りを食らわせた。

 みぞおちを押さえながらよろめいたレオンは怒りだした。
「コラッ!剣の稽古だと言っているのに、投げ捨てるヤツがあるかっ!」

「知るかっ!こんな木の棒でゴリラに敵うわけないでしょう!わたしはより実戦的なのよっ!」

 そして再びカモちゃん最大出力のスピードでバラ園に向かって走って逃げて、今に至るというわけだ。


 レオンは最近いつも、マリアンヌのお店の定休日に合わせて非番のスケジュールを組んでいる。
 つまり、おそらく今日も、マリアンヌがうちに遊びに来るか、外でデートをする約束をしているはずだ。

 それまでの辛抱よ。

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