円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 壁にもたれながら、子供の頃によくここでレイナード様と一緒に厨房からくすねたお菓子を食べたことを思い出して、ひとりでニヤニヤしていたとき、またこちらに近づいて来る足音が聞こえた。

 レオンお兄様ったらしつこいわね!
 そう思いながら、息を殺して膝をしっかりと抱えて体を縮こめたのに、バラの茂みを挟んでわたしの目の前でピタリと足が止まった。

 やばい、見つかっちゃった!?

 しかし、聞こえて来た声はレオンのものではなかった。

「シア?」

 あら、もうレイナード様がいらっしゃる時間だったのね!

「シア、そこにいるんだろう?」
 もう一度、遠慮がちな小さな声が聞こえた。

「レイ!この場所を覚えていたの?」
「待ってて、今そっちに行くから」

 ここへ入るには、目の前のバラの茂みに突っ込んでいくわけではなく(その方法もあるかもしれないけれど、それではバラの棘でひっかき傷だらけになるだろう)、少し手前にあるバラの茂みの境目から裏に入って、外壁沿いに横歩きをしてこの空洞まで来なくてはならない。

 レイナード様はそれを忠実に再現してやって来た。

「シア、お兄さんが探していたけど?」
「だから隠れてるんでしょ!見つかったらゴリラに絞め殺されるわ」 

 隣にしゃがんだレイナード様は、興味深げな視線をわたしに向ける。
「ふうん、ビルハイム伯爵家がゴリラを飼育しているっていう噂は本当だったのか。どこに檻があるの?」

 いやいや、何ですか、その噂は!?

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