円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「なんだ、ゴリラってお兄さんのことだったのか」
ゴリラは兄のレオンのことなのだと説明すると、レイナード様が肩を震わせて笑い始めた。
剣術の稽古で、みぞおちに飛び膝蹴りをお見舞いしてレオンに怒られたという話をしたら、それはシアが悪いねと言いながらレイナード様はまた笑う。
「楽しそうね?」
「ここは俺とシアの秘密の場所だからね。懐かしいな」
レイナード様の長い脚が窮屈そうだ。
「子供の頃はそこそこ広い空間だったはずなのに、今はこんなに狭いなんてね。ここでお菓子を食べたり、お昼寝をしたこともあったかしら」
横を見ると、思った以上にレイナード様の顔が近くてドキリとした。
レイナード様もこちらを見ていて、口を噤んでしばらく見つめ合った。
「シア」
わたしの耳元で吐息交じりに囁かれた声には、たっぷりの熱が含まれている。
「この秘密の場所でもうひとつ、二人だけの思い出を作ろうか」
わたしの頬に手が添えられて、レイナード様の綺麗なお顔がさらに近づいてきた。
ああ、これはもしかして……瞼は閉じておいた方がいいのよね?
意外と冷静にそんなことを考えながらぎゅっと目を瞑った直後に、唇にやわらかくて温かいものが触れて、ちゅっという小さな音とともに離れていった。
目を開けると、顔だけでなく耳まで赤くしたレイナード様が「シア、大好きだよ」と嬉しそうに笑い、その長い腕でわたしを抱きしめた。
こういうのを「甘やかされる」と言うんだろうか。
もう…溶けてしまいそうだわ。
バラの香りに包まれながらしばし抱き合って、初めての口づけの余韻に浸ったのだった。