円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 馬車の中で聞いた執事からの説明によると、昨晩、ジェイとお頭が仕事の話をするために依頼主との約束の場所に赴いたところ、いきなり切り付けられたのだという。
 それでも相手を撃退したキースは、当初「たいした傷じゃない」と言っていたが、アジトに着くころには熱が出始めて、数刻後には意識を失ったらしい。
 治療にあたっている医師からは「ナイフに毒が塗られていたのではないか」という説明を受けているとのことだ。

 大丈夫。大丈夫よね?
 自分に言い聞かせるように祈る。

 ルシードに実の兄を見つけたことをどう伝えるべきか、ずっと迷っていた。
 ルシードにとってはまだ赤ん坊で全く記憶のない、あの痛ましいフェイン侯爵領の暴動事件の話もしなくてはならないだろう。
 調査をしてくれたリリーとカインや、レイナード様から、ルシード本人が将来、兄を探したいと行動を起こしたときに情報を提供すればいいんじゃないかと言われて、わたしも「それもそうね」と思っていたのに、こんなことになってしまうだなんて…。

 ビルハイム伯爵邸に到着したところで、わたしは馬車から飛び降りて、カモちゃん最大出力の猛ダッシュで離れに向かい、勢いよくその扉を開けた。

「お頭!キース!キー…もがっ」

 分厚い大きな手でわたしの口を塞いだのはジェイで、奥の部屋から顔をのぞかせた白衣の医師には「お静かに」と言われてしまった。

 騒がしくしすぎたらしい。
 ごめんなさい…。


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