円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 わかりました、と目くばせすると、音を立てないようにそっと奥の部屋のベッドに寝ているキースの様子をうかがった。
 顔色が悪く、左腕には包帯が巻かれている。

 眠っているのだろうか…?

「ついさっき目を覚ましたお頭が、ここはどこだ、帰る!って起き上がろうとしたもんだから、みんなで止めて先生に鎮静作用の魔法をかけてもらったところなんだ」
 ジェイの小声の説明にホッとした。

 暴れる元気があるならひとまず大丈夫そうね、よかったわ。

「ジェイ、あなたもずっと寝ていないんでしょう?朝食を用意させますね。食べたら少し休んでちょうだい」

 外で待機しているであろう執事に食事を頼もうと出ようとしたところ、ジェイに引き留められた。
「待ってくれ、嬢ちゃん」

 振り返ると、驚いたことにジェイが巨体を丸めて床に額をこすりつけているではないか!
「ええっ!ジェイ!?」

「俺たちじゃどうしようもなくて、きっとあのままだとお頭は夜の間に死んでいたと思う。こんなみすぼらしい山賊の俺たちを引き受けてくれて、すぐに医者を呼んでくれて、もうどう言ったらいいかわからないぐらい感謝してる。ありがとう!」

「まあ、ジェイ。顔を上げてちょうだい」
 わたしも両膝を床について、ジェイに手を重ねる。

「先に命を救ってもらったのはわたしのほうです。お頭が元気になったら両親と一緒に改めてお礼をさせてください。あなたたちは、ステーシア・ビルハイムの命の恩人です。ジェイは知っているのでしょう?レイナード王太子殿下の婚約者の命を救ったのよ?だからどうか、お頭が元気になるまで遠慮などせずに大きな顔でここに滞在してください」

 ジェイが顔を上げた。
 泣きそうな、でも笑いをこらえてもいるような、情けない顔をしている。

「嬢ちゃん、あんた本当にお嬢様だったんだなあ」
「そうなのよ、困ったことに正真正銘、伯爵令嬢なの!」

 わたしたちは手を握り合い、声を立てて笑った。

 そしてまた、奥から顔をのぞかせた医師に「お静かに」とたしなめられてしまったのだった。

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