円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「でもなあ、嬢ちゃん。俺がこんなこと言うのもヘンだけどよ、こんなに簡単に山賊を受け入れたりしたら、この噂を聞きつけて悪いやつらがわんさか来るかもしれないから気を付けた方がいいぞ?」

 5つ目の丸パンをペロリと平らげながらジェイがそんなことを言う。
 いくら柔らかいパンが久しぶりだからって、朝からよく食べるおじさまだわ。

 わたしたちは、離れの別室で朝食をとっているところだ。

「大丈夫です。うちの執事、物腰が柔らかくていかにも優男って雰囲気だけど、脱いだらすごいんですから!細マッチョよ!それに、お医者様たちもそうですよ?人質に取ろうとか考えたらひどい目に遭っちゃうんだから」

 ビルハイム家お抱えの医師たちは、職業柄怪我が絶えない一族の治療に昼夜を問わず追われているために、ヒーラーとしてとても優秀だ。
 そして、それだけではない。
 本人たちもまた、紛れもなく脳筋で常に臨戦態勢、「来るなら来い!」という武闘派なのだ。

 ふふっと笑うと、ジェイの顔が少し引きつった。
「ビルハイム家の馬車は何があっても絶対に襲うなって仲間に言い聞かせておかねえとな」 

 紅茶で喉を潤してから、少し声のトーンを下げる。
「何の仕事だったんですか?いきなり切り付けられたって聞いたけど」

 ジェイは6つ目の丸パンを牛乳で胃袋まで押し流すとようやく満足したらしく、ナフキンで口元を拭くとわたしと同様、声のトーンを落とした。

「毎年仕事の依頼をしてくる貴族様だったから、どうせまたいつもの馬車を襲ってくれっていう依頼だろうって油断が俺たちにもあったんだ。金を受け取って日時を確認したら即解散…そう思ってた。それなのに、いつもとは違うやたらと目つきの悪い男たちを連れていてよお、お頭は俺を庇ったせいで左腕を切られたんだ」

 ジェイは大きな背中を丸めてしょぼくれている。
「先生に、ナイフに毒が塗ってあったんだと思うって言われてゾッとした。あいつら、最初から俺たちを始末するつもりだったんだって」

 その貴族の名前を聞いて驚いた。
 フック伯爵家――品行方正で領地経営も実直だと言われているけれど、そうであるがゆえに悪人たちからは嫌われてしまうのか積み荷を奪われることがよくあり、毎年のように救済措置が適用されて収穫物の納付を免除されている家門だとお妃教育で習ったはずだ。

 それがまさかの自作自演!?

< 168 / 182 >

この作品をシェア

pagetop