円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
(キース視点)

 明確な根拠はないが、一目見てすぐに、弟のルシードだとわかった。
 
 制服だろうか、きちんとした身なりをしていて栄養状態も良さそうだ。
 髪がボサボサなのは仕方ない。
 つむじが二つあるから、どうしても頭のてっぺんの毛がそうなってしまうんだ。

 10年前の、騎士団による山賊一掃作戦で山の中を逃げ回っているさなかにルシードが高熱を出した。
 足手まといだから置いて行けと言われ、迷った挙句、使われていない山小屋の奥に寝かせてむしろをかぶせ、俺だけ仲間と共に逃げた。

 後から戻ってみると、もうそこにはルシードの姿がなかった。
 それ以来、小屋を出るときにかすかに聞こえた「キースお兄ちゃん…」というルシードの弱弱しい声が耳について離れず、ずっと後悔し続けていた。

 騎士団に捕まったんだろうか、それともひとりで小屋を出て魔物にでも襲われたんだろうか。
 いずれにしろ、もう生きてはいないだろう。
 万が一、生きていたとしても、兄に捨てられたと俺のことを恨んでいるだろうと思っていた。

 だからステーシアから思いがけずルシードの話を聞いたときも、そんなヤツ知らないという態度をとった。
 それなのに大きくなったルシードは、純真な顔で「当時の記憶がない」と言い「キースお兄ちゃん」と照れ笑いしながら言ってくれた。

 泣き出したのも、泣き止んだのも俺の方が先だったと思う。

 泣き続けるルシードの頭を撫でながら、元気になったらきちんと贖罪をしようと決心した。

< 172 / 182 >

この作品をシェア

pagetop