円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「まさか、伯爵令嬢がそれを?」

「そのまさかなんだよ。すごいなあ、死のダンスの噂が山賊にまで広まってるだなんて。ステーシアさんて、少し変わったところがあってね、普通のご令嬢とは違うんだ。僕もお見舞いされて死にかけたんだよ?」

 なんだとぉ!?
 あの山猿が普通の令嬢とは違うのはよくわかっているが、毒まで扱うとは…。
 
「ルシード…おまえ死のダンスをお見舞いされて、よく死ななかったな!?」

「あははっ、それディーノお兄様にも同じことを言われたんだ。あ、ディーノお兄様っていうのはね…」

 ルシードがすっかり砕けた口調で楽しそうに語る里親一家の話に相槌を打ちながら、あの山猿はただ者ではなかったのだなと思っていた。
 いま、この毒で弱り切った体にさらに毒を盛られたらひとたまりもないだろう。

「だからね、キースお兄ちゃん、ステーシアさんの言いつけは守ってね。せっかく会えたのに死んだりしないでよ?」
 可愛い弟に上目づかいで覗き込むように懇願された俺は、頷くしかなかったのだった。


 もちろん、ルシードは猛毒の「死のダンス」のことを知っていたわけではない。
 彼は純粋にステーシアのダンスの回転のことを語っていただけなのだが、さすがは血を分けた兄弟と言うべきか、全く違うことを語る二人の会話が見事に成立してしまうという偶然がもたらした「奇跡の勘違い」であった。

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