円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「こんなことになるとは思わなかった」

 わたしは動きも息をすることさえも止めた。
 その声がレイナード様のものであると気づいたからだ。

「おまえが不器用なせいだ。だから断れって言ったのに」
 これはカインの声だろう。

「父に相談してみようと思う」
「おまえの評判が悪くなるようなことを陛下がお許しになるはずがないだろうが」
「仕方ないじゃないか、このままではシアが不憫だ」

 わたしの名前まで飛び出してドキンとしたが、息を殺して気配を消し続けた。

 今、わたしは聞いてはならない会話を聞いている。
 どうか見つかりませんように。

 その願いが通じたのか、声が次第に遠ざかってゆく。

 そのあともわたしは、図書室の閉室時間になるまで身じろぎもせず、海賊の小説を持つ手に力を込めてその場でじっとし続けたのだった。


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