円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 パーティー当日、ルシードが目のやり場に困るような仕草で、それでもどうにか差し出してくれた手に自分の手を重ねた。

 緊張しているのかそれともわたしのことが怖いのか、ルシードは震えている。

「しっかりなさって?」
 デビュタントのときも同じことをレイナード様に言った。
 あの頃の楽しかったダンスレッスンを思い出して、自然と口角が上がる。

 優雅に微笑みながら会場入りすると、周囲のざわめきが一瞬ピタリと止み、不躾な視線がこちらへと向けられる。
 わたしをエスコートしているのがレイナード様ではなく冴えないメガネの男子生徒であることに、驚いている者よりも、ああなるほどねと納得している者のほうが多い印象だ。

 今日の装いもうんと下品にしてちょうだいとマーガレットにお願いしたのだけれど「それではわたしのセンスが疑われるでしょ!」と断固拒否されてしまった。

 普段のあの趣味の悪いドレスをどこでオーダーしているのか尋ねて来る人もいないため作り手は伏せているのだが、学院内のこのパーティーでは将来服飾師を目指す彼女たちにとっては腕の見せどころであり大きなチャンスなのだ。
 だからわたしも、今回ばかりはマーガレットにオーダーしていると公言していた。

 目の覚めるような鮮やかなオレンジの光沢ある生地で、デコルテが大胆に開いたデザインのドレスだ。
 こんなドレスを着るのは初めてで、胸の谷間が見えてるじゃないかとマーガレットに訴えたけれど、わざと見えるようにしているのだと、あっけらかんと言われた。
「ステーシアさんは色白の綺麗なお肌で胸も大きいんですもの。いつももったいぶって見せていない分、インパクトは強烈よ。大胆かつ色気のある装いでレイナード様に後悔させてやりましょうよ!」

 いや、もったいぶっているわけではないんだけれども。

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